西光寺

高野山真言宗の寺院です。

学文路苅萱堂

学文路苅萱堂には人魚のミイラと石童丸の伝説が残っています。ほか夜光の玉など32点の文化財を保有。

人魚のミイラと石童丸伝説

平安末期、筑紫の国の領主であった加藤左衛門繁氏は、表面上仲睦まじく振舞っていた妻桂子と千里の髪の毛の影が、互いに争い絡み合う蛇に見えたことから、二人の本心を知り、わが身の罪の深さを悔いました。そして、領地も地位も捨て、高野山に上り修行の日々を送りました。やがて苅萱道心と呼ばれるようになります。繁氏の息子である石童丸が14歳になったとき、出家した父が高野山にいるという噂を耳にし、父に会いたい一心から、母千里と共に高野をめざします。当時の高野山には「女人禁制」の掟があり、仕方なく母を学文路に残し、一人で父をたずね歩きました。そのさなか、奥之院に架かる無明の橋の上で一人の僧と会いました。実はこの僧こそ、苅萱道心その人だったのですが、浮世を捨てて仏門にはげむ苅萱道心は、「そなたのたずねる人は、すでにこの世の人ではない。」とだけ話し、父親と名乗ることなく母のもとへ帰しました。悲しみの中、学文路に戻った石童丸を待っていたのは、母千里が急病で亡くなったというさらに厳しい現実でした。石童丸は再び高野に戻って苅萱道心の弟子となりましたが、生涯父子の名乗りをすることはありませんでした。学文路苅萱堂には、千里が肌身離さず信仰していた「人魚のミイラ」が収められており、苅萱堂の秘宝のなかで最も謎に包まれたもので、人々の信仰を集めています。